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救いは……(2)

 
私より一つ年上に見受けられる先輩は、ゆったりとした動作で市川先輩の座るソファーへと近づいてくる。
「よぉ、市川。ここにいたのか」
 先輩はまるで私なんか存在していないかのように、市川先輩に話しかけて目を合わせている。市川先輩は男の先輩へ対して微笑みかけた。
「あら、新庄君」
「おう」
 
 二人は親しげに微笑み合っている。どうやら二人の様子を見ると、知り合いらしい。
 市川先輩と男の人は簡単な挨拶を交わすと、男の人が私の正面のソファー……つまり市川先輩の左隣へと腰をおろした。
「やだ、隣に座らないでよ。汗の臭いが移るじゃない」
「何言ってやがる。これは青春の汗だぜ?」
 男の人の服装をよく見てみると、学校指定の半袖シャツの脇の下は汗で濡れていた。あと、うっすらと男の人の額から汗が染み出ている。
 それを見て、市川先輩は心底嫌そうな顔をした。
「はぁ……あなたにとっては青春の汗でも、私にとっては腐臭の汗なのよ」
「そんな言い草はねぇだろうが」
「それにあなた、服装もこんなに乱れて。下品だわ」
 市川先輩の言う通り、確かに男の人の服装は乱れていた。校則じゃシャツはズボンに入れるはずになっているんだけど、シャツは出しっぱなしだしボタンも第三ボタンまで開けている。髪の毛もボサボサで、茶色に染めていた。 
「これはファッションなんだって」
「ファッション? ただ面倒くさくて、ボサボサにしているだけでしょうに」
 と、市川先輩は男の人の髪型を指差しながら言った。
「こういうヘアースタイルがあるんだって!」
 男の人は何かを必死に説明しようとしているが、市川先輩に一睨みされて、押し黙った。
「はぁ……」
 呆れたようにため息を吐く先輩。
二人のやり取りを聞いていて、相当この二人は親密らしい。だけれど、男の人は一体誰なんだろう?
見た事のない顔だ。
「(…………?)」
 私は二人のやり取りを見て、中々仲に入る事ができずに首を傾けていた。

「で、市川はどうしてここにいるんだ?」
「まぁね。あの人に呼ばれて……まったく、ふざけるんじゃないわ。こっちの都合も知らないで……」
と、苛立ちを隠すこともせずに市川先輩はその美しい顔立ちを歪めた。それでも美しく見えてしまうのだから、市川先輩って何度も思うけれど、本当に美人だ。
「まぁまぁ、そんなカッカするなよ。大事な用事かもしれねぇじゃないか……で?」
 男の人は私の目をじっと見据えて、意味ありげな笑みを口元に浮かべた。
「こいつ、誰?」
男の人の視線には好奇心みたいなものが含まれていて、私はなんだかいたたまれないような気持ちになった。こんな人にじっと見つめられているなんて、しかも男の人に見つめられているなんて事、生まれてから一度もなかったから。
それに。この男の人の言葉遣いが少々乱暴だ。男の人っていうのはみんなそうなのかもしれないけれど、男の人に慣れていない私には少し怖く感じてしまう。
「(こ、こいつって……なんだか怖いな)」
無論、そんな事を正面きって男の人に言えるわけもなく。心の中で呟くだけだった。
恐縮して、これからどうすればいいのか途方に暮れていた時、市川先輩が優しい声で、「2年3組の山本優美さん。先生を待っているらしいわよ」と言ってくれた。
お陰で、男の人の視線は市川先輩に移り、私はほっと安堵する事ができ……そうだったんだけど、「……へぇ?」という男の人の声に私は思わずビクっと肩を震わせてしまう。
その声があまりにも低くて、無感動なものだったからだ。
男の人は白い歯を見せ、私に向かってにやっと笑った。焦げ茶色の瞳がまるで私を視線だけで刺し殺せるみたいに、鋭い目で私を見ていた。
  
……その、鋭い、いや無感動な視線に私は言葉を失ってしまう。あまりに無慈悲なその双眸は、私を押し黙らせるには一番効果的だった。
「……ちょっと耳貸せよ、市川」
と、男の人は私から視線を唐突に逸らすと、市川先輩へと向き直った。市川先輩に対しても、まだあの無慈悲で無感動な瞳だった。
だが、市川先輩は男の人の瞳を見ても何も動じない。
 ……あの無慈悲で無感動で、まるで人形のような瞳から解放された私は、誰にも気づかれぬよう、心の中でほっとため息を吐いた。
「何……?」
市川先輩はくすくすと笑いながら、男の人の言う通りに耳を貸した。
2人は私には聞かれてはマズいような話をしているのだろうか。お互い真剣な表情で何かを囁き合っている。
 すごく話の内容が気になるけど、私が2人の話を中断させて割って入っていくなんて真似はとてもじゃないができない。
 それに2人は小声で話し合っていて、それが完璧に私には聞こえてこない。だから私は2人の会話が終わるのを待つしかできないのだが、意外と早く終わった。
男の人が私を振り返って、にやっと笑ったからだ。
「(何の話、してたんだろ……)」
 
短い会話の中に、何か面白い話でもあったのだろうか。市川先輩と男の人は楽しそうに談笑している。
「――へぇ? 面白い話じゃない」と市川先輩の表情に、笑みが浮かぶ。
 市川先輩の綺麗に整えられた眉毛が微かに上下し、その黒い瞳は好奇心に満ち溢れ、まるで黒真珠のように輝いていた。
「だろ? このためにアイツ等から奪い取ってきてやったんだぜ。アイツ等、いきり立っていたなァ」
 男の人はギラギラ、という擬音似合うような、獲物を狙う狩人のような……そんな獰猛な瞳を輝かせていた。
 私は思わず、息を呑み込む。
全身を駆け巡る寒気と、鳥肌に私は自分が目の前の2人に恐れを感じている事に気づく。尋常ではない、ものを感じるからだ。
何という言葉が似合うのだろうか……悪意?いや、もっと別のもの――。
……そう、殺気だ。
 私の恐怖は顔に出ているはずなのに、市川先輩は怯えている私をチラっと一瞥しただけで悠然とした態度で、男の人に対して呆れたような顔をしている。
「まったく、恵吾。あなたはいつも意地汚いわ」
 男の人を諭すような優しい声で先輩は言ったけれど、今の私には市川先輩の瞳も男の人と同じように獰猛で、毒々しくて……なんだか不気味で……殺気を感じてしまうような瞳をしている。
 私の膝や肩は激しく震えはじめる。
何に恐れているの?
何に怯えているの?
 そうだ。私は2人に怯えているだけじゃない。2人から感じる明確な殺意に怯えているのだ。それは”死”を恐れる人間としての本能でもあって。
 2人は私の怯えた表情を見て、何が愉快なのか唐突に笑い始めて、その悪魔のような笑い声が私の頭の中で何度も反芻した。

「くっくくくく……」
「あははははははっ!」
 
「な、何なんですかっ! あなた達は、一体、何なんですかっ!?」
叫ぶように声を荒上げた。
自分でもよく分からなかった。一体、何がどうして、どうしてこうなったのか。どうしてこの人達は笑っているのか。
分からなかった。
だから、怖い。
だから、逃げ出したい。
 恐怖に体が小刻みに震えて、せめてもの強がりで大声を上げても震えは収まらない。そんな無様で情けない私の姿を見て、2人はまた可笑しそうに嗤う。
「あら、優美さん? もしかして……怯えているのかしら? くすくす……一体何をそんなに怯えてるの?」
囁くように、優しく市川先輩は言う。その声音はまるで私を落ち着けさせるような穏やかな声音だったけど、今の私にはただの不気味で悪意のある言葉にしか聞こえなかった。
……そんな事を思ってしまう私は、異常なのだろうか?
「怯える姿もいいが……くっくく」
と、男の人は愉快そうに嗤い、腹を抱えて爆笑していた。
私は逃げ出そうとした。これは何かきっと、間違いで、きっと私の夢なのだ。おかしな夢を見るものだ、まったく。
私は一目散に職員室のドアまで駆け出した。そしてドアノブに手をかけ、思い切り開けようとする。
だが、その時にほんの少しだけだが男の人と視線が合った。
……射止めるような、鋭くて無慈悲な眼光。それに射止められてしまうと、身動きすら取れなくなってしまう。
今この場所を支配しているのは、私じゃなくて、市川先輩でもなくて、”彼”なのだ。 そんな私の様子を男子生徒はにやりと笑う。

「せっかくの朗報がテメェにあんだ。……喜んで聞けよ?」

 彼は愉快そうに嗤うと、白い歯を見せながら物語を語り出した。いや、物語ではない。創作されたものじゃないんだから。
でも、どうして?
どうして、彼が知っているの……?
 
私しか知らないのに。
誰にも知られたくない”物語”なのに。
 

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