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プロローグ(救いを)


 ああ、神よ
 万軍を指揮する神よ
 我が罪を許し給え
 我が咎を清水にて流し給え

 ああ、神よ
 全知の神よ 万能なる神よ
 哀れな子らを救い給え
 安らぎの国へ 連れて行き給え


 インターネットが浸透した現代、誰もがいつでもネット環境に接続できる状態にある。例えパソコンがなくとも、携帯を持っていればそこからインターネットアクセスが可能だ。
 便利な世の中。
 そして、それにまるで比例するかのように荒んでゆく人の心。
 便利なネット環境には、有益な情報もあれば偽りの情報、そして危険な情報も存在している。
 普通であれば、そんな情報を掲載しているサイトになどアクセスしないか、好奇心を満たすために閲覧するだけで、リアルで実行しようとする人間は極わずかだ。
 そんなサイトの中には「復讐屋」「仕返し屋」など、物騒な事を取り扱うホームページもある。「殺し屋」なんてものもあるが、もし殺しを依頼したところで高い料金を取られるだけで、実行してくれるわけもない。つまりは大概が詐欺サイトで、ウィルスサイトも中には含まれる。
 だから誰も、そんなサイトにアクセスもしないし、依頼もしない。
 ただのアングラサイトとして存在しているだけだ。
 この現代日本に殺人だとか復讐だとか、そういったものを完璧に、誰にも、警察にもバレないように行うのはかなりの至難の技で、しかもネットでの依頼だと余計にリスクも上がる。
 だから誰もそんな事は行わないのだ。
 例え、殺したいほど憎い相手がいたとしても、復讐したくても、大概の人間は我慢するのだ。

 だが、この現代日本、それも中都市程度のある街で密かな噂が流れていた。
 依頼すれば必ず実行してくれる、しかも料金は一切受け取らない、まるでボランティアみたいなサイトがある、と。
 常識的に考えれば、そんなはずはない。もし依頼があって殺人を実行したとしても、その証拠隠滅には相当の手間がかかるし殺人のリスクは無償で行えるものなのでは決してない。
 しかも、街の噂では「絶対に警察にバレない」そうだ。
 なんでも、誰かを殺したいほど憎んでいる人物をわざわざ殺人サイトの方から声をかけてくるらしい。そして、もしもその声をかけた人物が「殺してほしい」と依頼したら、その一週間後には必ず実行される。そして完全に証拠を隠滅させ、しかも依頼した人物は一切、警察に疑われずにすむ……というまるで夢か魔法のような噂があるのだ。
 その逆もある。
 殺人サイトに依頼してくる人間も少なからずいるもので、その中には半信半疑、ちょっとした悪戯心で依頼する人間もいる。だが、殺人サイトは全ての依頼を受け付け、そして実行してしまう。
 まあ、そんな殺人サイトが簡単に検索して出てくるわけもないから、ほとんどが偶然に見つけてしまった場合のケースだ。その殺人サイトのアドレスを知っている者は、少なくとも街の人間じゃ一人もいない。
 偶然に声を掛けられ、偶然にサイトにアクセスしてしまった者だけが、殺人サイト……通称【Cocytus】によって殺人が行われてしまうというわけだ。
 もちろん、そんな噂を信じているのは極一部で、街の大多数の人間はそんな事は微塵も信じていないし、噂が広まったのも2年前だから、だいたいの人間の記憶からは消え去ってしまった。
 そんなサイトなんて、あるわけもない。
 あってはいけないのだ。



 
 電車に乗り遅れてしまった……。
 暗い夜道を足取り不安定に歩いている吉松は苦々しく心の内で呟いた。
 食品コンサルティング会社に入社してすでに26年目の吉松は、順調に出世を重ね、今では課長の椅子に座る事ができた。
 そこまで大きくない会社だから取引内容も会社に比例するかのように、微々たるもので、やりがいこそは感じていなかったが地道に作業をしてくのは真面目な性格の吉松にはぴったりの職業で、そこまで会社には不満がない。
 だが、一つだけ会社での不満がある。
上司である長谷川部長は、真面目で控えめな吉松から見ても傲慢で、しかも酒癖が悪い。年中部下を居酒屋に誘い出し、アルコール度数の高い酒を無理やり飲ませようとする。
 気の弱い吉松は、気の強い長谷川から見れば格好のカモだったのだろう。年がら年中、居酒屋へと誘い出され、酒の飲めない吉松に無理やり酒を飲ませ、その姿を長谷川は下品な笑い声で嘲笑う。
 大人しい性格の吉松も、さすがに腹が立っていた。
 しかし、気の弱い性格の吉松が上司である長谷川に意見を言えるわけもなく、今日もこうして酒飲みに付き合わされてしまったわけだ。
 なぜか今晩は機嫌が良かった長谷川は、終電に間に合わなくなるから、という吉松の必死の嘆願も聞き届けずに夜の2時まで吉松を付き合わされた。
 無論、終電には遅れ家まで徒歩で帰る羽目になった。
 明日が日曜で会社が休みなのがせめての救いだ。
 しかし、もう季節は冬真っ盛りでいくらコートに身を包もうとも凍えるように寒い。しかも夜の気温は氷点下を上回り、暗い夜道を酒に酔った体で歩くのはかなり辛い。
 時々足元が覚束なくなって、電柱に頭をぶつけた時、どうしょうもない空しさが吉松を襲った。
 家には妻と一人の娘がいる。娘はまだ小学校に上がり立てで、少しわがままな性格だが可愛らしい娘だと吉松も、吉松の妻もたった一人の子どもに溺愛していた。
 だが、妻との関係は最近うまくいっていない。
 課長に昇進する前までは、だいたいいつも定時に退社できたし、たまに酒を飲んで帰ってきても、それでも11時を過ぎる事はなかったはずだ。
 なのに課長に昇進し、今まではまったく話もした事がなかった部長に目を付けられてしまい、夜遅く帰るは酔ったままで帰宅するわで、妻は腹を立てていた。
 日曜日は、だいたい二日酔いで体を休める事しかできずに、子どもや妻と昔のようにどこかへ遊びに行く事もできない。
 吉松自身としては、妻や子ども達との時間を大切にしたい。だが、それを長谷川部長は許してくれず、休日もゴルフで駆り出される事も多々あった。
 お陰で、妻との関係は最悪。
 いつ妻から離婚の話を切り出されるかとビクビクと怯えてしまう。
 これも全部、長谷川部長が悪いのだと、吉松は何度目かの悪態をついた。
 殺してやりたい、とは何度も思った。だが臆病な吉松にそんな事ができるわけもないし、復讐も、パワーハラスメントだとして長谷川を訴える事もできない。
 情けない自分に腹が立つばかりで、結局何もできずにいる。
 また来週からは、同じような日々が続き、妻からは呆れられるのだろう。
 そしていつかは、妻から離婚届けの判を押すように責められるのだろう。
 ふぅ、っと深いため息を吐くとふと、夜空を見上げてみたくなった。
 いつもいつも地面ばかり見つめて歩いてきたから、夜空なんて見上げた事なんかなかったが何故か夜空を見たかった。
 酒に酔っていたからだろうか。
 それとも、夜空を見て荒んだ心を癒されたかったからなのだろうか。
 冬の大空は広く、それほど高いビルが建っていない街だから夜空は大きく見えた。
 だが、空には雲がかかっているのだろう。満天の星空とまではいかなかったが、雲の合間から微かに見える星星の輝きに吉松は目を奪われた。
 白く煌く星。そして青白く輝く月。
 吉松はしばらく、見とれていた。

「今晩は。いい月夜ですね」

 唐突に人の話し声が夜道に響いた。
 吉松は度肝を抜かれるような思いだった。
 美しい夜空を眺めていた吉松の視線はずっと上を向いていたから、人が近づいて来ていただなんて思いもしなかった。
 吉松は慌てて視線を夜空から、声をかけてきた人物に移そうとした。
 だが辺りは真っ暗で、電灯の明かりもわずかなもので電灯の下にでも立っていてくれないと、その人物が男か女かも認識できない。
 月の、僅かな明かりで薄っすらと人の輪郭が闇夜に浮かびあがって見えるくらいだ。
 かなり身長の高い人物に見える。体の線は細い。
 高身長の女性なのかもしれない。だが、さっき話しかけられた時の声は紛れもない男性の声だった。
 もしかしたら、夜警の警察官なのかもしれない。
 住宅街の夜道で、空をぼーっと突っ立って見ている中年男性なんてどこから見ても不審者に見えるだろう。吉松は慌てて、弁明をしようとした。
「あの、星空が綺麗で……見とれていて、あの、その。別に怪しい人物じゃないんで……」
「別に私はあなたが不審人物だと思って、話しかけたわけじゃありませんよ。夜空に見とれる、なんて誰にでもある事でしょう?」
「は、はぁ……」
 ずいぶんと落ち着いた声で話す人だな、と吉松は思った。
 はっきりとした話し方で、人を安心させるような声を持っている。
 だが、警察官でもないのなら、一体誰なんだろう? この時間帯にこんな住宅街の細道を歩いている人物。散歩か?
「……えっと、あなたは散歩でここに? それとも、家に帰る途中ですか?」
 一々人の事を詮索するのは失礼だな、と思いつつも詮索してみたくなる。
 きっとこの時間帯に夜道を歩いている人物なんて、家に帰る人か夜に散歩をする趣味がある人のどちらかだ。
 だが、男性は「いいえ」と静かな口調で答えた。
「私は散歩でここにいるわけじゃありません。もちろん家に帰る途中でも。……あなたに会うために、ここにいるんですよ」
「は?」
 吉松は間の抜けた声を出した。
 こんな夜中に、しかも外で、顔が見えないが、恐らく知らない人物であろう男からそんな事を言われて、疑問に思わない人物などいるのか?
 いない。恐らく、確実に。
「わ、私はあなたを知りませんよ」
 怯えた声で吉松は顔の見えない男性に告げた。
 まるで顔の見えない男性が幽霊のように思えてきて、恐怖を肌で感じていた。
「ええ、そうでしょうね。私もあなたと会うのはこれがはじめてです」
「じゃ、なんで、そんな、事」
 男性の声音は吉松の怯えて震えた声とは真逆の、落ち着いてしっかりとした声だった。
「ですが、あなたから私はあるものを感じました。それが何か、ご存知ですか?」
「あるもの…・・・?」吉松はしばらくの間、思考に耽ってみたが、男の言っている意味が結局はさっぱり分からなかった。
「そう、あるものです。……あなたは誰かに、強い恨みを持っていませんか?」
 男の声はどこまでも落ち着いていて、それが逆に無慈悲で感情のないロボットのように思えた。
 吉松は思わず頷きそうになったが、なんでこんな怪しい男の話に付き合わなければいけないのか、と思い返してここから逃げ出そうと、男から背を向けた。
 この男はきっと、気が狂っているんだ。
 そんな男と話したら、こっちの身も危険だ。
 そう吉松は判断して、恐怖と酒酔いで震える足で歩き出そうとした。
 
「殺したくありませんか? ……憎い上司を」
 嘲りも混じっている男の声に、思わず吉松は足を止め、振り返る。
 なんでそんな事を知っているのだ、と強い口調で男を問い詰めようとするが、男の次の言葉によって吉松の思考はまるで凍ったように、動かなくなってしまった。
「殺してあげますよ。あなたの憎い上司を」

 まるで甘い毒のような声音に、吉松はただ頷くことしかできなかった。
 例えこれが蛇の甘言だとしても、今の吉松の思考能力に理性は存在していなかった。
 

 存在しているのは、憎悪だけで。
 必死に何度も頷く吉松の姿を、赤い瞳が嘲笑っていた。
 

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