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Ai


 
 僕と千草は一緒に街までショッピングに来ていた。街の中心部と言っていい場所を大規模に陣取っている大手ショッピングセンター。映画館から食料品まで人間が一生の内に消費する全てが揃っている。
 ちょうど僕たちが来た時はクリスマスシーズンだったからどの店もクリスマスの特売を行っていて、やかましく鳴り響くスピーカーから流れる音楽に僕は頭を押さえないといけなかった。
「ねーもう帰る?」
 さきほどからずっと頭を押さえていた僕を見て、千草が呆れたように言った。千草の両手にはブティック店で買った衣服の入った袋がぶら下げてある。
「少し静かにしてれば大丈夫……だと思う」
 ショッピングモールに流れるクリスマスソングが僕の頭を痛める。僕にとっては華やかな音楽でもただの騒音にしか聞こえない。
「っても、どこで休めばいいんだろ? どこもうるさいよ?」
「ほら、例えば屋上とかないの? 夏の花火大会の時、ここの屋上で見物してた人いるじゃん」
 たくさんの店舗が入っているショッピングセンターは全部で五階のフロアがあって、屋上はかなりの高さになる。
「屋上? こんな寒いのにー」
 千草はブーブーと文句を言っていたが、結局は妥協し僕たちは屋上へと続く階段を上って、頑丈な鉄の扉を開けて屋上へと上がった。さすがに12月の屋上は寒くて、身を切り裂くような風が吹き荒れていた。
「ねぇ、やっぱ寒いよー」
 不満げに千草は口を尖らせた。
「ちょっとだけだから。ね?」 
 僕は謝るように言うと、入口の真正面にある鉄でできたフェンスのある場所まで歩いた。フェンスは僕の身長より高くて、頑丈にできていた。
 僕と千草はむき出しになっているアスファルトに腰を下ろした。
 空は赤みを帯びて、太陽は後数十分で沈もうとしているところだった。地上に姿を潜めようとしている太陽は血のような色を身に纏っている。
 誰もいない屋上は異様に静かで、風の音が耳を掠めるくらいだった。ショッピングモールに流れる音楽で頭が痛くなる僕にとってはありがたいほどに落ちつける場所だ。
「蓮君って本当に色々駄目だね」
 千草が、まるで僕が全ての物に対してトラウマを持っているんじゃないか、と疑いの目を持って僕に言った。
「僕は音楽が駄目なだけなんだ」
 僕は慌てて否定した。僕は確かに音楽が苦手だけれども、それは別にトラウマじゃない。トラウマというのは過去経験した物に拒絶反応を示すものだ。僕は生まれつき音楽が嫌いなのだから、トラウマではない。
「後、暗闇も駄目でしょ?」
「ううっ」
 確かに、千草の言う通り僕は暗闇が嫌いだ。どんなに月の明りが射していたって、小さな人工的な明りがないと眠れないんだから。
 子どもっぽい、とは思う。もう高校生なのに明りもなしで眠れないなんて、これじゃあまるで小学生だ。
「蓮君トラウマいっぱ~い」
 間延びした千草の言葉に、僕は少し悔しい気持ちになる。千草、絶対に僕をカラかって楽しんでるだろ。
 ニヤニヤ笑っているし。
「……そういう千草はトラウマないの?」
 いつも自分のペースを崩さず、自我を突き通している千草。そんな千草にもトラウマはあるのだろうか? ちょっと気になった。
 僕の好奇心を帯びた視線に、千草は少しだけ困ったように表情を崩して笑った。
「私~? 私にもあるよ~」
「千草のトラウマって何? 熱いもの?」
 猫舌な千草は、熱い飲み物が飲めず、毛嫌いしている。
 トラウマとは少し違うんだろうけれど。あんまりに嫌そうな顔をするものだから、つい言ってみた。
 だが、千草はいつもみたいに茶化すような口調ではなく、珍しい真面目な表情で僕を見つめた。
 いつも思うんだけれども、千草ってやっぱり美人だ。生まれてから一度も染めたことのない絹のような髪の毛、透き通った肌の色、彫りの深い目と、バランスのとれた顔立ち。中々お目にかかれない美人だと思う。
 だから、そんな美人の千草が真面目な顔をするとひどく美しく見える。夕日の光が僕と、千草を浴びせるように照らし、アスファルトの地面には僕と千草が向かい合うような影ができていた。
「……私は、家族かな」
 囁くような、だけれども確信を含めている声音で千草はそう言った。
「家族が、トラウマ?」
「そう」
 内に溜まる感情を吐きだすかのように、千草は白い吐息を漏らした。それはまるで溜息のようでもあって、僕の心は少し憂鬱になる。
「それじゃあ、どうしょうもないね」
 まるで人ごとのように僕は呟く。
 どうしょうもない。
 その言葉が、何故だか凄く無機質で無情な意味を帯びているような気がした。
 言ってから、僕は少しだけ、また憂鬱になって、思わず小さく溜息を吐く。白い吐息が、なんだかとても寒げに見えた。
 千草は僕をちらりと一瞥すると、微かに笑った。
「うん。どうしょうもないね」
 そう言うと、千草はまたにっこりと笑うとまた吐息をもらした。
 その姿が、どこか悲しそうで。
 僕は何とも言えずに、千草から視線を逸らした。

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