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最期の先生03

  


憂鬱だ。
 毎日が憂鬱だった。
 いつものように苛立ち、退屈だ。昔はあんなに大好きだったサッカーも今では苦痛にしか感じない。どうしてだろうか。部活に何か問題があるわけでもないのに。何が原因なのだろうか。
 俺自身が抱える問題が、サッカーをつまらなくさせているのか? そう考えてみても、何も解決にはならない。
 もしも原因と責任を他人に擦り付けられたら、どんなに楽な事か。アイツに「お前のせいで俺はこうなった」と言ってもいい。でもそれじゃあ、いつもの繰り返しで、何の解決にも、何の意味もない。救いだって、ない。
 じゃあどうすればいいんだ。
 悩んだって俺には問題を解決する能力がないから、意味もない事だ。だから何かが起きるのをじっと、ずっと、胸の痛みを抑えて待っていないといけない。
 でもそれじゃあ、あんまりにも辛くて苦しい。だから俺はやっぱり何かに縋らないといけないんだ。
 親父の事を恨む。そうやっていつも俺は、自分の心を隠していた。
 本当は……。
 好きなんだけどな、親父の事。
 確かにだらしないところはたくさんあるし、一家の主としては頼りない。だけれども、それでも親父は俺たち子どもをいつでも愛してくれていた。それを忘れて親父を憎んでしまう自分が腹立たしい。
 でも、そうでもしなきゃ俺は不安定なんだ。俺の心は母さんが出て行ったあの時に壊れてしまった。
 湧き出てくる感情を止められる事なんかできない。だから、俺はいつでも人任せなんだ。
 結局は自分を憎む事ができないから、親父を恨んで憎くしむ事しかできない、愚かな人間。
 それでも誰かに助けてもらいたいと思う心は、消え去ってくれないのだろう。助けなんてこないはずなのに。
 この甘えた心には。

5・2

夕方、いつものように退屈な部活が終わり、荷物をまとめていた。これから入試に向けて塾に行かなくてはならない。別にそんなにレベルの高い高校を狙っているわけじゃないが、それでもある程度の高校には行きたいから、そのためだ。
 いつも部活のために持参して持ってくる、スポーツドリンクを少し飲んで喉を潤わせて、顔に流れる汗をタオルで拭いた。
 駐輪所には俺の自転車が置いてあるから、駐輪所のある校舎裏へ回ろうとしたその時、突然声を後ろからかけられた。
 すでにほとんどの部活が終わり、生徒たちは帰宅していると思っていた俺は驚いて振り返った。
 すると、そこには一人の小柄な女子生徒が立っていた。
 顔に見覚えがある。確か同じクラスの上の名字がなんとか思い出せる程度で、仲はいきなり声を掛けられる程には良くはない。というか、あまり知らない。
 そして何故か彼女は顔をうっすらと赤く染めていた。
 確か名字は――吉田だ。
 二年の時同じクラスで一度だけだが、席が隣同士だった事があった。
 下の名前は吉田には失礼だが、思い出せない。たった一度だけ隣同士になった吉田の名前をいつまでも覚えられず、だいたいはすぐに忘れてしまう。
 彼女は恥ずかしがりながらも、律義に俺の名前をフルネームで言い(驚いた。まさか覚えてくれているなんて)覚悟を決めたように引き締まった顔で俺の顔をじっと見つめた。
 真摯な目だった。
 何より、近くで初めて吉田の顔を見ていると美人という程ではないが、中々可愛らしい顔立ちをしていた。
 俺の胸の鼓動も、自然と速くなる。
 彼女は好き、だと決意のこもったはっきりとした声で告げた。
 俺の事が好きだとどこか照れたように。
 女子に告白なんてされた事のない俺だが、これが告白なんだな、と言う事はなんとなく思った。そして、俺も彼女と同じように目をしっかりと合わせる。
 胸の鼓動を抑えながら、俺は「考えてみてもいいかな?」と吉田に言った。
 吉田は俺の答えに満足してくれたらしく満面の笑みで俺に「期待しているね」とだけ言残し、駆け足で手を振りながら、その場を去って行った。
 俺は吉田の姿が視界に入らなくなるまで手を振り返していたが、ようやく鼓動が安定してきて、俺はふうっと一息吐いた。
 そしてようやく鞄から自転車の鍵を取り出したんだが、塾に行く気にはとてもなれなかった。
 でも家に帰るわけにも行かず、しばらく悩んでいるとなぜか無性に家庭科室に行ってみたいような気がした。

 「青春だな」
 橘は黙って俺のする話に耳を傾けていた。
 時々頷く以外に話に割って入ってくる事もなく。
 おかげで俺は自分の言いたい事は、一通り(というよりはあの時感じた感情を話しただけなのだが)吐き出す事ができた。
「まあね……。中学生だし」
 他の連中の色恋話ならたくさん耳にした。誰と誰が付き合っているだの、誰が誰を好きでどうしただとか。
 俺は色恋事には淡白な方だったし興味もなかったから自ら会話に加わる事はなかったのだが。
「で? お前はどうする。付き合うのか?」
「分からない。アイツにそんな感情抱いた事ないし」
 別に嫌いというわけでもない。むしろ逆で、好意すらも感じる。
 だが、別に大した話もした事がないし、別に吉田の事に深い思い入れがあったわけじゃない。でも吉田と付き合うのは別に嫌じゃないし、俺に告白してきた吉田を可愛いとすら思った。
 だけど、何かが腑に落ちない。
 正直言うと、俺は吉田に好意は感じるが恋慕を感じるかと聞かれれば返答に困るだろう。
「どちらにせよ好きにすればいい」と、橘はいつものように静かな声で言った。
「好きに、ね……。中々難しい言葉だな」
 橘は手にしていた、よく手に馴染んでいる万年筆を手放すと橘は窓の外を見つめた。
 目が小さく細められた橘の横顔を夕日のオレンジ色の光が照らしている。
「好きに、という言葉ほど自由で難解な言葉はないだろう。人間というイキモノは選択肢が広ければ広いほど視野が狭くなり、逆に選択肢がなければ自ら作り出そうとするものだ。恋愛の自由は憲法でも保障されている。他人に決めてもらうのも勿論自由だがやはり自分で決めた方がいいだろう。それに恋愛にも種類はある。ただ手を繋ぐだけでも愛を囁き合うだけでもないし、無論セックスをするだけでもない。真冬の北風のように冷えた恋もあれば南国の太陽の熱のような恋だってある。例えどんな事情があったにせよ、なかったにせよ決めるのはやはり、自分の意思だ。お前もそう思わんか?」
 橘の視線が俺を見つめていた。夕日に照らされた橘の姿は、なぜか神々しくさえも思えた。
「意思……ね」
「自由は難しいものだ」
「アンタは経験あるのか? 恋とか」
 橘ほど、色恋には無縁に思える人物は中々いないんじゃないだろうか。というか、橘自身も興味すらなさそうだから俺は、橘から語る言葉にすごく驚いた。
「あるぞ。婚約もしていた」
「なんか、意外だ……」
 本当に意外だ。
 素直で率直な意見を言うと、橘は面白そうに顔を歪めた。
「だが」と、突然橘のいつもの静かに話す声音とは打って変わって低いトーンの言葉だった。
「死んだがな」どこか冷めているようにも聴き取れる言葉だった。
「……どうして」
 口にしない方がいい。そう分かっているのに、俺の馬鹿な口はそう尋ねていた。
 だけれども橘は俺が思っているよりは気にしていないらしい。いや、気にしていない風を装っているのか。
「自殺だよ、自殺。首を吊って窒息死だ。ほら……」
 お前の前担任、と橘は小さな声で囁き消え入りそうな声だった。だが俺の耳には、はっきりと聞き取れていた。俺の頭は予期しない言葉に混乱してしまう。
 何と言えば。
 何と答えれば。……そんなもんは分からない。
 ただ心で感じたのは、俺は何も言わずに橘の話にそっと耳を傾けてればいい、という事だけだった。
 橘はいつものように静かで落ち着いた声で話出す。
「お前の元担任……山口桃子は俺の恋人だ。校内じゃ、あまり接する機会もなかったから誰にも知られていないが」
 俺の脳裏に浮かぶのは大人しく物静かな山口先生の顔が思い浮かぶ。あまり教師としては目立つ存在ではなかったのだが、意外にも指導力はあり俺たちのクラスは他のクラスに比べて、比較的まとまっていた方だった。
 確かに山口先生と橘となら、お似合いのカップルだと言えなくもない。確か山口先生は小説を読むのが好きだと言っていたし、たまには書く事もあると言っていた覚えがある。
「彼女とは趣味も合っていたし、性格もどこか似ていた。自然と距離は縮まり恋人と呼べる仲になったんだが……な」
 橘の声音はどこか哀愁が帯びていた。
 ブラウン色の橘の目は細められ、天井を見上げていた橘はもしかしたら涙を堪えていたのかもしれない。
「自殺するような……――人を悲しませるような女性(ひと)じゃなかったのにな」

 なんて悲しい顔なのだと、俺は思った。こんな顔をする橘を俺は一度も見た事がない。見ている俺の方も、なんだか胸が痛くなってしまう。
 俺が俯いてしばらく橘と目線を合わせられずにいて、大きな溜息を吐いてようやく顔を上げてみると、橘の視線は天井ではなく窓の外の世界を見つめていた。
 窓の外の世界――天空に咲く夕日を橘は見つめていた。
 これ以上、この場所にいるのは辛くなってしまう。そして、それになぜかいてはいけないような気がした。
 俺は一直線に教室を出て行こうとした。ここにいても俺には何もできない。
 逃げる――という言葉が正しいのかもしれない。
 そんな惨めな俺の背中に橘は一言声を投げかけた。
 それはどこか、寂しそうで、でも芯の通った力強い言葉だった。
「親は大切にしろ。それが一番楽な事だ。……一度自分をよく見つめてみる事だな」
 思わず、何かを言い返そうとしてみたが言葉が出てこなかった。
 全部、図星だったからだ。

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