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最期の先生01

 1

 

 俺の通う大里中学には変わった教師がいる。
 俺は別にその教師の姿を見た事はない。だから、どんな教師なのかは知らないのだから分からない。ただ噂で聞く話だと、見た目は普通で特別目立つ場所のある顔ではなく特徴のない、平凡な顔立ちらしい。
 教師として口うるさく宿題の提出を求めるわけでもなく、熱血教師でもない。性格は物静かでどちらかと言えば親しみやすい教師だと噂で知っていた。生徒から嫌われる事もなく、慕われているという事でもなく。俺達くらいの年頃になると他人からうるさく何かを言われたりするのがすごく、鬱陶しく感じてしまう。だから生徒達にとっては良い意味でも悪い意味でも”ありがたい”教師なんだろう。 
 その教師は技術家庭の担当であるが、俺達のクラスには違う技術家庭の教師が指導に来ているため俺はその教師の授業を受けた事がない。どんなもんなんだろうかと、興味はあったから隣のクラスの奴(五組は担当が違う)に聞いてみた話では、授業が終わるとすぐに職員室へと戻ってしまうらしい。授業の内容も他の教師達とは何も変わらない平凡で穏やかな内容。
 どこが変わった教師なのだろう。
 俺は疑問だった。その教師は家庭科部の顧問をしているらしい。家庭科部の生徒達から聞いた話だと、教師――橘という男性教師はほとんど、部員に対して指導を行わないらしい。
 部員達が火を扱う時は普通の教師、普通というのも変なのかもしれないが、世間一般の俺達が知っている教師なら、注意を軽く促すはずだ。それに次の部活で何を作りたいのか、という事をまったくと言っていいほど橘は生徒達には尋ねず、興味を示さない。部活時間に部員達がお喋りに夢中だとしても橘は咎めない。視線すらも動かさないらしい。
 なるほど。確かにそう聞けば変わった教師――変人と言えるのかもしれない。だが俺はその教師の事を噂で聞いただけだ。まだ何ともいえない。
 それに、俺は橘にそれほど興味があったわけではない。
 噂を聞いてもすぐに忘れてしまう。ほんの少しの好奇心なんて飽きたら綺麗に忘れてしまうものだ。
だから俺が橘を覚えていなくても、なんら不思議ではない。

  2 

 何故橘が俺のクラスの教壇に立っているんだ
 まるで最初からそこにいたかのように、何故いるんだ。
 ……別に大した理由はないはずだ。ただつい一週間前まで俺達を担当していた女性教師が”不慮の事故のため”死んだだけで。クラスを持たない橘が臨時の副担任となっただけだ。
 校長達は口を揃えて不慮の事故、と曖昧な説明を全校集会で生徒達に説明していたが、生徒達……少なくとも俺のクラスの連中は女教師の死因を知っていた。
 自殺、だ。
 それを隠す教師達に嫌悪感は覚えずとも、胸に引っ掛かる不信感を感じる。
 だがある意味では賢明な判断だったのだろう。生徒たちの混乱を招くと予め予測できているのだし、それに何より俺達は受験生だ。余計な刺激を与えたくないという教師たちの意図も理解できる。
 ――と、そんな”重大事件”が起きたがために橘が俺達の前で教鞭を取っているわけなのだが。どうも俺には橘からやる気というものが微塵も感じられない。
 黒板に必要なものを全て記し、生徒達にプリントを配ったらすでに用済みと言わんばかりに教師用の小さなアルミ製でできた机と鉄パイプに座り、何かを静かに書いていた。
 俺の席から見えるのは橘が万年筆を白い紙にはしらせているという事だけで、何を書いているかは分からなかった。
 ただなんとなく授業とは関係のない事なのだな、という事だけは橘の表情から窺える。
 橘は俺たちに視線を向ける事は一度もなく、熱心に手元を見ているだけ。これが橘の授業。
 二時限目の終わりを告げるチャイムが鳴ると橘は授業中に書いていた白い用紙を集めクリアファイルへと閉じると席を立って教室の外へと出て行った。 
 クラスが一気に開放感に満ち溢れる中。俺は教科書を机の中へとしまい、席を立っていた。
 足は自然と教室から出ていて、橘の後ろ姿を追っていた。
「すみません」
 橘は足を止め、緩やかな動作で振り返った。
「なんだ?」橘のブラウンの瞳が俺を捉える。
「何……書いていたんですか? 授業中に」
 別に関心を持つような事ではなかった。
 だが、俺は何故か自然に橘を呼び止め、そして何を書いていたのかと、問い詰めている。
「……どうしてだ」
 橘の唇がふわっと緩められた。
 まさか、理由を聞かれるとは思っていなかった俺は、思わず何を言ったらいいのかと口ごもってしまう。
 それでも橘は俺の解答を期待しているのか、俺へと続きを促そうと視線を寄こしている。
「単なる好奇心ですよ。好奇心」
 かなり苦し紛れの答えだったが、間違いではない。
 興味と好奇心は似たようなものだろう。
 かなり投げやりな答えだったのに橘は気を悪くした様子はなく、むしろ愉快そうに顔を歪め、俺をじっと見すえていた。
「好奇心、か。正直で結構」
「――で? 答えてくれるんですか?」橘の遠回しで、答える気があるのかないのかという態度に俺は苛立った声音になっていた。
 それでも愉快と言わんばかりに橘は表情を崩さない。
「小説だ」
 強弱のない静かな声で橘はそう囁くように言った。
「小説?」
 予想外の答えに橘の言葉をオウム返しにしてしまう。
「小説だ。純愛小説」
 意外……というよりは似合わない。
 別に橘の容姿が純愛小説を書く上で違和感があると思ったわけではない(別に小説を書く上で容姿も何も関係ないが)。
 橘を近くで見れば見るほど、まあまま整った顔立ちをしている。唇は不健康に少し紫を帯びてはいるが、顎の形も眉の形もそれなりに……別に醜いわけではない。むしろ綺麗な顔立ちだとも言えなくもない。
 ただどうしてか橘の口から小説だの愛だのという単語が出てくるのに違和感を俺は感じてしまうのだ。
 容姿的な問題ではなく雰囲気の問題なのかもしれない。
「どうして?」
 俺はもっぱら読む専門で書いた事はない。だからどうして橘が純愛小説を書くという興味が胸に芽生えていた。
 すると橘の口が開かれる。白い歯が見えた。
「物語を紡ぎ出すのに、理由なんて必要か?」
 語り掛けるかのような言葉。

 

これがきっかけなのか。それともきっかけなんてそもそもなかったのか。
 それでもこれが俺と橘が最初に交わした会話で、奇妙な関係の幕開けになった事だけは確かな事だ。

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