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救いは……(1)


太陽はすでに姿を隠しはじめ、橙色の濃い光が校舎を照らしていた。
この時間帯に生徒の姿はない。すでに下校時間が過ぎ、生徒達は強制的に下校させられていた。
 窓の外から見える夕日は、とても美しく輝いている。橙色の光は校舎から見える街を照らし、校舎も照らし、自分自身も照らし出す。目を閉じてしまいたい程に眩い光だ。
 だが、この眩しい光もすぐに姿を消し街は闇夜に包まれてしまう。
 その前に用が終わればいい、と私は思う。夜道を一人で歩くのは心細いし、何より心配性な母に心配を掛けさせてしまう。なんとしてでも、それだけは避けないと。
 私はそんな事を考えつつ、職員室のドアを数回叩いて中へと踏み込んだ。
「失礼します……って、あれ? 誰もいない……」
 私が入った職員室はいつもの職員室とは違う、静かで誰もいない職員室だった。先生の姿が見当たらず、広い職員室のどこを見渡しても空席だ。
 いくら下校時間が過ぎているとはいえ、それは生徒の話だけで教師は違う。普段ならまだこの時間帯には教師がいるはずだ。
「おかしいな……」
 どうしたのだろうか、と私は疑問に思いながら教室に先生がいないなら私がここにいる意味はないのだから、職員室を出ようと踵を返した時、背後から突然声をかけられた。
「どうかしたのかしら?」
 誰もいない、人の気配すらもない職員室から急に声がしたから私の胸は激しく鼓動を打った。
「わっ!?」
 驚きのあまり、私は思わず間抜けとしか形容できない声を上げてしまった。
後ろを振り向くと、一人の女子生徒が立っていた。見ない顔の女子生徒だ。先輩だろうか?
「人の顔を見て叫ぶなんて。品のない人だこと」
静かで落ち着いている声には微かな苛立ちを感じてしまい、私は思わず「ごめんなさい!」と謝ってしまった。
別に私が謝る必要なんてないんだけど、彼女を取り巻く何か強烈なオーラが私を怯えさせていた。
私に声をかけた女子生徒……彼女はとても不機嫌そうに目を細め、私の目を睨み付けるように見つめていた。
そして何より私が驚いたのは、不機嫌そうに眉を顰める女子生徒はとてつもない美人だった事だ。
黒髪のロングヘアーは背の高い、しかも色白な彼女によく似合っているし、切れ長の瞳は和風美人を連想させる。
彼女の髪は私のボサボサ頭とはまったく違って、黒真珠のように綺麗で真っ直ぐ整っていた。それに私と同じ制服を着ているはずなのに、彼女はまるでモデルのように着こなし、他の女子生徒たちとは一線を越す存在に見えた。
……こんな綺麗な人、見た事ない。
それが私の第一印象だった。
「いきなり後ろから声を掛けられたから……びっ、びっくりしちゃいまして!」
彼女があまりに鋭い目つきで睨み続けているから、私は必死に弁解しようとオドオドと情けない声で言った。
そんな私の様子に少しは理解をしてくれたのか、彼女はふんっと小さく鼻を鳴らして、そして微笑を浮かべた。
「まぁいいわ。次からお気をつけなさいな。……それで貴女、どうしたの? もう下校時間はとっくに過ぎてるわよ?」
 それを言うなら彼女もそうだけど、そんな事言ったら絶対に彼女の気を害する事になるだろうから口を噤んだ。
「えっと、担任の先生に呼び出されまして……」
「あら? 先生方ならこの時間帯は職員会議に出てるの。――明日にでもしたらどうかしら?」
「でも……」
 私の頭に浮かぶのは先生の姿だ。時間にうるさい先生は私がもし約束を破ったら、鋭い剣幕で私を叱るだろう。
  それだけは避けたい。
私の思っている事に彼女は気づいてくれたのか、彼女は小さく溜息を吐いた。
「はぁ……じゃあここで待ってる? 後三十分はかかると思うけど」
 三十分も経ってしまえば、薄暗い夜道を下校しなくちゃいけないかもしれない。それでも先生に怒鳴られるよりはマシだと思って、私はしばらくの間職員室で待っている事にした。
「はい、そうします」
「じゃあ、ここに座って。ここは私の部屋じゃないから何も出せないけれど、勘弁してね」
「いえ……」
 私は彼女に進められるままに応接用のソファーに浅く腰かけた。彼女は私の真正面に当然のようにゆったりとした動作で腰かけたけど、勝手に職員室のソファーに座ってていいのかな?
でもあんまりにも彼女が自然な動作で座っているから、なんだか座っていてもいい気がしてくるから不思議だ。
しばらく私も、彼女もお互い口を開こうとせず嫌な沈黙が空気を支配した。
どこに目をやればいいのか困って、彼女の顔をじっと見つめて、視線が合いそうになったら慌てて視線を逸らす事を何度も繰り返していた。
「(それにしても、綺麗な人……)」
彼女を何度も見つめる度にそう思う。
細い体。長い足。白く透明な肌に、人形のように整った顔立ち。……どこを取っても、綺麗で美しい。
「さっきからジロジロ見て、何かしら? 私の顔に何か付いてる?」
私の覚束ない視線に彼女は気づいたのか、また不機嫌そうな色を帯びた声で尋ねられて、私は慌てて頭を下げた。
「い、いえいえいえ! すみません!」
 私はただ必死に、彼女の機嫌を損ねないように謝っただけなのに、どういうわけか彼女はクスクスと声を立てて笑い始めた。どうやら私があまりにも必死に謝るものだから、そこか彼女のツボだったらしい。
でもいつも不機嫌そうに眉を顰めている彼女が突然笑い始めたから私はかなり驚いて、そして少しだけ緊張感が緩んだ。
「くすくす……退屈しない人だこと。失礼だけど、お名前聞いてもいい?」
「あ、え、えっと……」
 彼女の細められた瞳には私に対する好奇心が見えた。突然名前を求められて、私は自分でも情けないくらい慌ててしまった。
すごく恥ずかしい。
「わ、私……、二年三組の山本由美って言います……」
 絞り出すように声を出したものだから、囁くような声で言ってしまった。こんな小さな声で彼女に伝わったのだろうか……?
不安げな目で彼女を見ると、彼女は何かを思い出したように手をパンっと打った。
「あら、美化委員の山本さん?」
「え」
 面識のないはずの彼女に私の所属している委員会の名前を当てられて私には出てくる言葉がない。
私の名前を知っている人なんて、校内でも数えるくらいしかいないのに。どうして彼女が私なんかの名前を知っているんだろう?
「ご、ご存じなんですか?」
探るように私は彼女を見つめた。
だけど、彼女は私の真剣な眼差しをまるで受け流すように、彼女はどこか嬉々とした表情を浮かべた。
「貴女、いつも学校の花壇を綺麗にお手入れなさっているでしょ? それに私、とても感動してよく覚えているのよ。こんなに綺麗にお手入れなさっているのは誰かしら、って思って、貴女の名前も調べたの。……ごめんなさいね、でもこんな綺麗な花を咲かせられる子がこの学校にいるとは思わなかったから」
 彼女は嬉しそうに私の顔を見ているけど、私は別段特別に花が好きってわけじゃない。
美化委員に入ったのも仕事があまりなくて楽ができそうだから、というのが美化委員会に入ったきっかけだった。
最初はそんな理由から入ったのだけど、だんだんと活動をしていく内に自然と花が好きになった。
 今までは花を見ても「綺麗だな」ぐらいしか思わなかったんだけど、今じゃ花を育てる事に安らぎを感じる。
……だから、ここまで私の植えた花に喜んでくれる人がいてくれた事に私は純粋に嬉しく思った。
私の今までしてきた事が、人に喜ばれるなんて。
 今までにない事だったから。
 私は喜びを隠せずに、照れ笑いしながらお礼を言った。。
「あ、ありがとうございます!」
「お礼を言うのはこちらの方だわ」と彼女は微笑んだ。笑う口元を手で覆い隠して笑う彼女の動作を私は見とれるように見つめる。
一々動作が上品で、優雅だった。
……こんな人、私の周りにはいない。
 きっと育ちの良い人なんだろうなぁ、なんて私はぼんやりと思う。
「――そういえば、今はスイセンの花が綺麗な時期ね。あれも貴女が植えたのかしら?」
静かで透き通った声で彼女は言う。
「……え、ええ。その……綺麗だなぁ、って思って」
美化委員でこの時期何を植えようか、と話し合いをした時に私がスイセンにしよう、と言ったのだ。
他の美化委員のみんなは「別に何でも良い」って感じだったから、私の意見はすんなり通されて、学校の花壇にはスイセンがたくさん植えられた。
「あら、そうなの」と彼女は嬉しそうに言った。
 だが彼女は、さっきまでの嬉々とした表情とは打って変わって瞳をすぅっと鋭く細めて、妖艶に微笑んだ。そこには悪意のようなものが感じられた。
「そう……いいセンスね……私も好きよ。スイセン」囁くように言うと彼女は唇を吊り上げた。
 綺麗な顔立ちの彼女が笑うと、とても美しい。だけど、なぜか私にはその微笑みは人間らしいも感じられなかった。
それは人形のような端正な美しさを持つ彼女だから、そう感じるのかもしれない。けれど、彼女の笑みにはどこか毒々しいものを感じる。
 所々に悪意を感じる、と言うべきなのか。
 まるで私に悪意があるように感じて……。

 だから、彼女がぽつりと漏らした言葉に私は恐怖に似た感情を抱いたのだ。

「……だってスイセンは、毒々しい花だもの。だから、美しい」
 恍惚、という言葉がぴったりなように呟く彼女の顔は毒々しい笑みを浮かべていた。
 まるでさっきの彼女とは別人のようだ。
 私は思わず疑問をもらした。
「え……?」
 彼女はくすくすと笑いながら私をじっと黒い瞳で見つめた。
「あらご存じないの? スイセンの花ってね、球根に毒があるのよ。……そこまで強い毒じゃないけれども……毒があって美しいってなんだか素敵じゃない? 美しいものには毒がある、ってね。ふふふ……」
 彼女の笑い方は、人を恐怖に陥れる力があった。
「(怖い……)」
 ただ花の話をしているだけなのに、どうしてこんなに怖いの? 私は泣きそうになるのをぐっと堪えて、恐る恐る彼女を見た。
「あ、あの……えっと」
 何でもいいから何か言わなくちゃ。 
 そう思った私は彼女の名前を呼ぼうと口を開いた。が、私は彼女の名前を知らない事に気づいた。
彼女は、私が必死に名前を呼ぼうとして口をパクパクさせているのに察してくれたのか、
「あら? ……ああ、そういえば名乗ってなかったわね。ごめんなさい……私、市川あやめと言うの」と自分から名乗ってくれた。
が、彼女の名前を聞いたとたん、驚愕の思いが胸を貫いた。
「……! それって……生徒会長……」
呆然と呟く。
 市川あやめ。
 このマンモス高校の生徒会長で、その美貌とカリスマ性から、この学校の生徒で彼女の名前を知らない人はいないと思う。
生徒会とかその他行事の時、私は必ずサボるから二年生になった今でも市川先輩の姿を見た事がなかったから、最初は何かの冗談かと思っていたけど、いざ市川先輩と対面してみて、それも頷けるような気がする。
中には市川先輩を神の如く崇める人もいる、なんて話もあながち嘘じゃないんだろう。
モデルにも中々いないような美貌とスタイル。その独特な語り方、強烈なオーラ。
 ……納得するしかない。
「私としては、今まで知らなかった貴女の方が驚きだわ」と市川先輩はどこか愉快げに驚いてみせた。
 ……それは、私があまり学校に興味がないから。
家の事とバイトが忙しくて、授業も時々サボってしまうし、学校にいてもほとんど寝ているか花壇をいじくっているかのどちらかだ。
 だから生徒会長の顔を知らないのは当然で、校長の顔もあやふやだ。
「すみません……」
 市川先輩の自信満々な態度に押されてしまって、私は謝ってしまう。
「別に責めているわけじゃないの。謝らないでちょうだい」
「は、はいっ……」
その時だった。
突然乱暴に職員室のドアが開かれたと思うと、どかどかと足音を立てて誰かが入って来た。
思わず私はドアの方へと視線を向ける。
「(先生が帰ってきたのかな……)」
だけど、予想に反してドアから挨拶もせずに入ってきたのは一人の男子生徒だった。
短い髪を茶髪に染めた不良みたいな生徒で、背が高く顔立ちのいい男子だった。

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